MENU

②夫婦仲が悪いと子供の成長を妨げるのかな?~心理的安全性は「○○の気持ち」で作り出せる~

こころちゃん

旦那が仕事を理由に家庭のことを一切しない。働いてくれているから何も言えないけど、家のことを少しはしてほしい。(ちょっとくらい私のこともいたわってくれても・・・)

おのざる

僕は保育園に近い職場に変えて家族時間を優先にしたよ。

こころちゃん

でもなかなかそういう職場も無いし、旦那は責任者だからうまくいかないのよね

おのざる

それなら日頃の「○○」が欠けてるからお互いにギスギスしちゃうんだよ。

「○○」がなんだかわかりますか?それは「感謝」です。

こころちゃん

なーんだそんなことか…

と思いますよね?

では質問です。食器洗い、ゴミ出し、洗濯、トイレ掃除などどのくらいの割合でやっていますか?普段からすべて奥さんがやっている。分担してやることを決めている。そういう家庭も多いと思います。

ですが私の家はノー分担制です。お互いに働いているからということもありますが、そもそも気づいた人がやりつつ、お互いに気づけるポイントは違います。最初から決めてしまうと苦手と思っていることも「やらなきゃ。」になってしまいます。

ですが分担が決まっていないと目につくものを集中的に行い、補い合い、得意不得意が判明して「やってよ」なんて思わなくなってくるんですね。

さらに言えば「あたりまえ」というものがなくなります。

分担や妻がやってくれるからと思ってしまうと「あたりまえ」になってしまうんです。

あたりまえというものは恐ろしいです。人間はすぐに慣れてしまいます。
この慣れが先ほどの悩みにあった「いたわってほしい」という心の声になります。

人はあたりまえに対して「感謝」をしません。

なぜでしょうか?

それはつい忘れていいものだと脳が考えてしまうからです。

では逆に自分がやってあたりまえだと思っているものに関してなにか不満はありますか?極端な話で言えば「仕事をする」→「お金を稼ぐ」これは働くならあたりまえです。

しかしこんな「あたりまえ」のことですら「家族のために働いてくれてありがとうね」と言えたらどうでしょうか?逆に「いつも働くだけ働いて家事ができていないんだ。細かいところまで家事をしていつもきれいにしてくれてありがとう」と言えたら?

この記事では「あたりまえ」になってしまったものを見つけなおし「感謝」をしてみたくなるをテーマで作成しています。

目次

石ころになってしまった〝あたりまえ〟をみつけよう

代表的なあたりまえは「家事」です。

先日子どもとキャンプに行ってきたときの話しをさせてください。私の子どもは3才と0才なのですが、2人とも楽しそうに遊具で遊んだり、走り回り続けていました。

もちろんおもちゃを用意したり、キャンプならではの遊びもたくさんしました。

そんな時子どもが「みてみてーいっぱい石があるよ」と、なんてことのないただの石ころに興味深々です。親としてはキャンプで楽しめそうなものをお金を使って用意したのですが、無料のただの石ころにたくさん時間をつかっていました。(買わなくてよかったね・・・と苦笑いw)

そんなただの石ころを見て「パパはこの怪獣石。ママはこのお姫様石」と子供ながらに考えて名前をつけてくれました。その石を手に取って見るとなんと水晶だったのです。(そのあと調べるとクォーツ(石英)である可能性が高いとのこと)

(実際の写真があってよかったw)

気づけば僕もその石を眺めたり、どうしてこんな形になったんだろう。なんで茶色くなっちゃったんだろう。などなどただの「石」というひとくくりにしていたものが「水晶(実は石英)」という名前でしかもかっこいい。

子どもが怪獣となづけたのもわかります。子どもにとっては一つ一つ石ではなくその役割、存在価値が存在します。

僕も昔はいろんなものをそういう視点でみていたのに・・・と忘れてしまっていたことを思い出すきっかけになりました。と同時にこんなことを思ったのです。

家庭でも石ころのように「あたりまえ」になってしまっているんじゃないか?

そんな石ころになってしまった「あたりまえ」を見つめなおして一つ一つ意識することが夫婦仲の円満の秘訣だということがわかりました。

他にも仕事の面やコミュニケーションの本当にささいなことまで細かく見ていく必要はあります。

相手に求めるのはやめて自分から感謝をしてみよう

この話をすると決まって「めんどくせー」ってなる人がいます。

しかしここまで読んでいる方はその「めんどくせー」と言われている側の人かもしれません。
少なくとも「めんどうくさい」と思う人は読んでいないでしょう。

ただ、なぜだか会話がぎくしゃく・・・顔を見合わせれば喧嘩ばかり・・・そんな夫婦や友人、親子関係・・・私は仕事柄たくさんの方をみてきました。

多く言われていることかもしれませんが、相手に求めない。これが一番強いのは当然のことです。

イライラしてしまう。ゴミ出しをして。と言ってもゴミを出すことしかしない。
でもゴミ出しとはゴミ箱からゴミ袋を出して新しい袋を設置して、家中のゴミを集めて、捨てる。というのがゴミ出しです。

しかしこれを知らない。わからない。という方も少なくありません。

教えてあげれば済む話なのですが・・・ホントあいつはわかってない。できない。と諦めてしまう。しかしどこかやってくれると〝期待〟しているからイライラして愚痴をこぼし、結局諦めていくを繰り返していくのです。

上記の画像の中で赤はもったいない。黄色は危険。です。どちらも危険ですが、状況を受け入れて「あの人はやってくれないから」とあきらめてしまう。かといって期待をするとイライラしてしまう。この繰り返しはもったいないのと危険です。

じゃあどうしたらいいのか?それはその状況と気持ちを教えることが大切だということです。

相手の感情なんてわかんないよ・・・

相手を知ろうとする気も起きないのも無理はありません。

おたがいにとって素敵な魔法が・・・↓

ありがとう

です。

「ありがとう」は特大のプレゼント~返報性の法則が働く~

誰もが聞いたことのあるセリフでとてもつまらないかもしれません。

しかし「ありがとう」というコトバってどれだけ最強なのかを僕らはまだまだ知らないのだと思います。

ここで一つ僕の働いている介護の仕事のお話しをさせていただきます。

介護と看護含めて100人ほど働いている職場で個性あふれています。

老人ホームに入っているおじいさん、おばあさん(とは言っても40~100歳)が住んでおり、余命宣告をされている人ばかりの看取り施設です。(人生最期の施設)

職員ですら個性豊かなのにおじいさん、おばあさんの個性もそれを超えていきます。

現場が騒然とすることや、悲鳴、笑いなどなど、絶え間ない日常と人間関係がうずまいています。

「○○さんはちょっと苦手かも・・・」なんて正直な話職員から飛び出てくることもあります(人間なので)

しかし「コレをお願いします。」「あれしてください」と注文が多い人でも「いつもありがとうね」「本当に助かるよ」と言ってくれるおじいさん、おばあさんは好かれています。

仕事なのでそういう感情をもってはいけないことは当然わかっていますが、やっぱり人なのですべての感情をコントロールすることなんてできません。丁寧にやろうと心がけていたとしても罵声を浴びされれば心は疲弊します。

その感情を出しちゃいけないなんて雰囲気を作っていること自体嫌いですが・・・

話しを戻すと「感謝」してくれる人に人は蓄積イライラがスーッと消えていくんです。これはどの職員も同じ意見でした。

「○○さんって乱暴だけど最後に必ず感謝してくれるんだよねー」「ありがとうを言ってくれるだけですべて許しちゃう」これは介護も看護も同じように言っています。

このようにヒト対ヒトである限り感謝というものがどれだけ大切なのかがわかってきます。

どれだけ大切なのかを知ってもらうためにも〝あえて〟オープンにしましたが、少しは伝わったでしょうか?

ここからは返報性についてお話しさせていただきます。

返報性とは、相手に何か借りを作るとお返しをしなくてはいけないと感じる人間の性向

と言われています。つまり感謝というコトバにも返報性が適用され、0円の感謝するという気持ちとコトバだけで相手は勝手に返報性を抱くというわけです。

良好な関係を築くためにもはじめの一歩です。

感謝が大事なのはわかったけど、モヤモヤしたときに感謝なんてできるかな?

確かに感謝って恥ずかしさもあったり、自分だけが変わろうとして嫌な気持ちになったりしますよね。

モヤモヤしてしまう場合は相手に対して感謝するというより、感謝できる自分でいられることに感謝をしてみながら声にだしてみると良いです。

自分に向かって?

そんなこと思えないって思うかもしれませんが、人間の大半は自分のために何か行動をしています。ごはんを食べたいという行為もごはんを食べるとお腹が膨れる。元気になる。と体が自然にわかっているからごはんを食べるのです。

似たように感謝の気持ちを伝えることは自分の心を満たしてくれるようになる。相手の行動が変わって、自分自身が楽になる。

そんなラフな感じで考えて感謝を伝えるように工夫すれば「あの人になんで感謝しなきゃいけないの・・・」というモヤモヤから解放されていきます。

(僕がそうでした・・・)

日頃からささいなことに感謝ができるようになったらビックになるチャンスなのでどんどん感謝をしていきませんか?

さらに感謝が飛んできたときに使える方法が・・・↓

相手から感謝が飛んで来たらチャンス~サプライズ~

「洗濯物してくれてありがとうね」「○○の業務をしてくれてありがとうね」

これをパートナーやチームに言われたらなんと返していますか?

え?いいえ。とかどういたしまして。とかかな?

ですよね。僕も最初はそうでしたw

幼少期から「ありがとう」と言われたら「どういたしまして」と返すことを学んできましたよね。

日本人なら誰もがそうかもしれません。この学びって本当にあっていますでしょうか?
Googleで調べてみると↓

【どう致しまして】
人から礼やわびを言われた時に、丁寧に打ち消すあいさつ語。

「ありがとう」を打ち消しちゃっているんです。

これはなんとももったいないですよね。

最初は何がもったいないのかもわかりませんでした。

しかし妻との会話で気づけたんです。

ある時妻に「洗濯物やってくれてありがとうね」と伝えました。すると妻はなんといったかというと「コップを洗ってくれてありがとう」と「ありがとう返し」をしてくれました。

正直コップなんて1個だし、自分で飲んだものなんですが、関係ありませんでした。

「ありがとう」を伝えることまではいいことだと知っていました。しかし逆にありがとうといわれたときってなんていったらいいのかわからなかったので「そっか。感謝には感謝を」が正解だということに気づいたんです。

それからというもの感謝のラリーをしていくにつれ「気づいてくれてありがとう」や「教えてくれてありがとう」など、行動だけではなくいつもならムッとしていたことでも感謝で返すことができるようになりました。

誰もがぶつかっている壁には感謝のラリーが足りないがために「○○は気を付けてほしいんだけど・・・」と言われても「はい(モヤモヤ)」「いやこれま○○で△△が・・・」と言い訳がましくなっていたかもしれません。

感謝のラリーができあがってくると次はいよいよ好循環に流れ始め、習慣になります。

家庭でできること・・・とは潜在的に刻まれていること。です。そのためチーム組織の会社などでも自然と感謝のラリーをすることができます。

感謝の好循環で心が通う~習慣化~

「ありがとう」があたりまえになってしまう原因は「感謝されて当然」と思われていることに感謝してもインパクトはありません。しかし「こんなことに感謝されるなんて・・・」というサプライズが相手の印象に残る感謝になるのでラリーを増やせば増やすほど相手に届く感謝ができるというわけです。

これも老人ホームでの話なのですが、過去にいた施設では介護と看護、ケアマネ等の仲が悪く、いびり合ったり、愚痴りあっていました。しかし今の職場は看護が介護の仕事に感謝を伝えてくれるんです。

「介護さんオムツ交換いけなくてすみません。ありがとうございます」と本来介護の仕事が中心な業務も看護から感謝を言われると

「僕らの仕事なのにありがとうなんて言われるなんて・・・」とびっくりします。

「これは僕らがやって当然の業務」と思っているからこそであり、看護さんは本当に助かっていることが伝わったからこそ「感謝に対してうれしい気持ち」になりました。

このように感謝の好循環を作れることはお互いの人間関係を良好にするだけではなく、気持ちよくお客さんに接したり、業務改善につながっていきます。

「報連相をしろよ」という上司からの命令なども「これぐらいは言う必要ないかな・・・」と顔色を伺ってしまうことも多いでしょう。しかし感謝のラリーで好循環な人間関係を築いていれば「○○なことがあって」と家族に言うレベルでささいなことを共有することができます。

感謝の威力はトップダウン式に威力が増すので上司から部下に伝えて行くことが会社組織には重要です。

ただし、全員が全員できるわけではないので気づいた人から感謝のラリーを行うためのサーバー(テニスで最初に打つ人のイメージ)になる必要はあります。

結果的に循環していくためにも大切な鍵が感謝なので是非感謝のラリーをして、好循環な関係を築いていきましょう。

モヤついたときこそ相談したい。いつでもこちらから相談を受け付けております。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

Xフォロワー数1万人。3ヵ月のインプレッションは1億越え。
心理的安全性アドバイザー協会合同会社代表。民間資格自社発行。
サンクチュアリ出版社様からお声がけいただき講演実績あり。
3才と0才の育児、家事をこなし、愛妻家。毎朝3時に起きて心理的安全性を文化にするために活動中です。

コメント

コメントする

目次